イオン液体は陽イオン(カチオン)と陰イオン(アニオン)のみから構成される溶融塩であり、多くの場合、その融点が100℃以下のものを指します。従来の塩は構成要素であるカチオンとアニオンの間に強力なクーロン力が働くため、容易には液体にはならず、たとえば食卓でお馴染みの塩化ナトリウムを「融かす」ためには800℃以上に加熱しなければなりません。イオン液体は構成イオンのかさ高さや非対称性、共鳴構造などを利用することで構成イオンの表面電荷密度を小さくし、静電引力を弱めることで低い融点を示します。構成イオンの設計によっては明確な融点を示さず、ガラス転移温度が-90℃を下回るイオン液体も存在します。これは、仮に南極に持っていったとしても、凍らないことを意味します。また、水や有機溶媒などの分子性液体に比べると構成イオンの相互作用が強いため、極めて蒸発しにくく難燃性という性質も持っています。
以上のように、イオン液体は広範な条件で乾燥せず、燃えることもなく、また凍らないといった特性を示す材料であり、様々な分野への応用が期待されています。ここではその1つとして潤滑剤への応用例について紹介したいと思います。一般に自動車においてガソリンが生み出すエネルギーの7~10%は摩擦・摩耗によって失われていると言われています。したがって、低摩擦な潤滑剤の開発は高効率・長寿命な製品開発に寄与することが期待されています。一般に潤滑剤の摩擦係数は基材表面との親和性や運用条件(速度・荷重など)によっても異なることから、系全体について勘案して上での潤滑剤の設計が重要となります。
イオン液体は熱安定性や難揮発性を有することから、真空中や高温下といった過酷な運用条件に耐える潤滑剤として期待が寄せられています。これらはイオン液体の基油としての特性といえます。一方、摩擦によって基材表面と化学反応を起こすことにより、金属ハロゲン化物などからなる潤滑膜(トライボフィルム)を形成することも特性の1つとして挙げられます。例えば高真空中において機能するグリースとしての潤滑特性の比較においては、一般に使用される多重アルキルシクロペンタン(MAC)油やパーフルオロポリエーテル(PFPE)油と比較して、イオン液体の方が優れた境界潤滑性を示すといった報告もあります。
通常の潤滑剤に比べると、高純度に精製するのが難しく、コスト的には課題が残るものの、潤滑機構の理解や実機での試験が進み、その有用性が認知されるようになれば精製プロセスの簡略化によるコスト低減も大作として考えられます。今後のイオン液体研究の発展に期待したいところです。