缶用材料として古くから用いられるスズめっき鋼板は、めっき工程の後クロメート処理を行います。これは、スズの表面酸化を防止し、表面の黄変や黒変を防止し、耐食性を向上させるためでありますが、同時に塗膜密着を向上されるものであります。さらにクロメート皮膜の傷防止の目的として綿実油、ジオクチルセバケートあるいはジブチルセバケートを塗布する場合が多いです。
スズめっき鋼板の塗膜密着不良は“アイホール”として知られ、数々の報告があります。まず、クロメート処理皮膜量との関係を調べ、むしろスズの酸化膜量の影響が大きいことが明らかにされました。そして塗料の剥離はクロメート層の下側に発生するスズ酸化膜で起こると推定されています。このことは、実用上の意義は大きいのですが、金属層と有機塗膜の密着力が十分大きく、そのためその密着力あるいは密着機構についての情報を与えないことになってしまいます。また、他には塗油の効果について研究され、アイホールに対する経時変化が存在することが確認されています。同時にジオクチルセバケートではアイホールが発生されないことがも報告されています。塗膜密着性の経時変化も検討され、塗油した鋼板が受ける雰囲気の影響が最も大きいと報告されています。
その後缶用材料のコストダウンを目的として、スズに代わるクロムめっき研究開発が盛んに行われました。クロム析出機構の研究と併せ、クロメート皮膜の効果についての研究が行われ、耐食性維持のためにはクロメート皮膜が不可欠なことも明らかになりました。
クロムめっき鋼板は塗装した後の耐食性が優れていることから、広く実用化されるようになりましたが、それは塗膜密着性が優れているからであり、塗膜の密着性は塗膜下腐食と深い関係にあることを示唆するものであります。
クロム電析機構の研究は、皮膜構造を考えるに重要な情報を与えるものでありますが、クロメート皮膜に着目しクロムめっき鋼板の表面層の解析を行った報告があります。この報告によると、金属クロム上層のクロメート層はクロム原子を中心とする水和化合物であり、この水和化合物は24%の水分を含み240℃で脱水することを明らかにしています。通常の塗膜は加熱によって硬化させるものでありますから、表面層に起こる脱水などの化学反応は極めて重要な意味を有し、塗膜密着性を変化させるものと考えるべきところであります。
クロムめっき鋼板についてはさらに塗膜密着性を向上させるため、チタン、シリコンなどの酸化物あるいはそれに加えて綿実油を塗布する方法も提案されていますが、現在はジオクチルセバケートが多く用いられています。綿実油は二重結合を有する長鎖脂肪酸類でありますが、二重結合の効果を明らかにするためにステアリン酸、オレイン酸、リノール酸およびリノレン酸を再結晶または減圧蒸留によって精製し、クロムめっき鋼板に塗布して塗膜密着性への効果が調べられました。その結果は、二重結合が二個以上の時のみ密着性が向上し、0または1個の時はむしろ低下します。このことは、密着性向上のため油膜の選択に対し、重要な情報を与えるものとして期待されます。