被塗装物表面を塗料が分子オーダーで濡らすために重要な要素は表面張力です。塗料の表面張力が被塗物表面の表面張力よりも大きいとミクロな濡れを達成するのは難しくなります。
古くから塗料原料に用いられてきたものは油です。油は分子量がそれほど高くないので流動しやすく、表面張力が多くの被塗装物を濡らしやすいレベルにあり、顔料分散にも、塗装作業にも都合の良い性質を持った材料でした。そのため、極端に言えば、技術者は如何に高分子化するかを工夫するだけで塗料化できました。その延長線上にある有機溶剤可溶型の塗料が長い間塗料界の主役として君臨してきたのは、まさに使いやすく高性能の塗装系を構築しやすかったからであり、自然なことでありました。
塗料の表面張力は塗装のプロセスを通じて常に一定に保たれているわけではありません。温度変化、溶剤濃度変化、塗料成分、特に添加剤の配向及び重合反応の進行によって、塗料の表面張力は時々刻々と変化します。この表面張力変化に揺らぎが発生すると、塗膜の仕上がり性に深刻な影響を及ぼすことがあります。
Marwedelは123種に及ぶ溶剤の密度、粘度及び表面張力の温度依存性を測定し、さらに樹脂溶液の表面張力の濃度依存性データを公表しています。
新規な化合物の場合でも、パラコールの概念を用いると、表面張力の値を計算で求めることができ、ポリマーやコポリマーの表面張力設計を行いたいときに便利です。
塗料は重力によって低い方へ流れるだけではありません。塗料の内部にも流動を起こす要因が潜んでいます。大きな密度差が塗膜を流動させる内的な力になるほか、表面張力差に起因するマランゴニ応力は塗膜内流動の重要な駆動力になります。通常の塗膜厚の世界では、マランゴニ応力が支配的です。塗料の表面張力は溶剤濃度、温度などによって変化するため、溶剤蒸発過程では表面張力の揺らぎから発生するマランゴニ流動が定常的に継続し、マランゴニ対流となる場合も多いです。光輝性塗料がこの対流に乗ると光輝性顔料は流れを可視化するトレーサーとしての役割を果たし、塗装ムラに発展します。
シリコーン油などの表面偏析特性を利用した塗膜乾燥過程での表面張力コントロールが可能であり、マランゴニ対流抑制に利用されます。