宇宙環境について、トライボロジーの観点から留意すべきポイントは以下の4点になります。
(1)雰囲気圧力
宇宙空間は10^-5Pa以下の超高真空雰囲気です。このような雰囲気では通常の潤滑剤は蒸発
してしまいます。また、対流熱伝達による放熱が期待できないために摩擦面の温度が上昇して
しまいます。
(2)雰囲気温度
機器が太陽からのふく射を受けて加熱されるか否かによって大幅な温度変化を生じます。
機構部は、温度変化が少ない場所にあるのが普通ですが、それでも変化幅が-150℃~+150℃
程度と大きくなる場合もあります。広い温度範囲での潤滑性能の確保、大きな温度変化に対応
できる潤滑処理の採用、軸受嵌(かん)合部の熱変形を考慮するなど、軸受回りの最適設計が
ポイントとなります。
(3)放射線
静止軌道上の機器が10年間に浴びる放射線量は、遮蔽(へい)の程度により変化しますが、
1mm厚さのアルミニウムによる遮蔽では10^-5Gy程度あり、無視できるレベルではありません。
使用する潤滑剤の耐放射線性に配慮を払う必要があります。
(4)原子状酸素
高度250km程度の空間には原子状酸素が存在し、機器の表面を形成する部材が損傷を受け
ます。この損傷は、有機材料において特に著しいといわれており、潤滑剤への影響について
検討する必要があります。
以上述べたような宇宙環境で、機器の潤滑に使用できる潤滑油、グリース、固体潤滑剤について説明しておきます。
潤滑油、グリースでは、高真空中、温度変化の大きい環境を想定して、蒸気圧が低く、温度による特性変化が小さい潤滑油を採用する必要があります。これらの特性を備えたパーフルオロポリエーテル(PFPE)が使用されます。しかしながら、最近ではPFPEの耐放射線性、長期にわたり真空中で摺(しゅう)動したときの物性の安定性に疑問が持たれており、一層の研究が必要とされています。
固体潤滑剤としては金、銀、鉛のような軟質金属、二硫化モリブデン、二硫化タングステンなどの層状結晶構造をもつ材料、およびポリテトラフルオロエチレン(PTFE)で代表される高分子材料が用いられます。これらの固体潤滑剤は固体の表面に薄い潤滑膜を形成して使用します。膜の形成方法としては、軟質金属ではめっき、イオンプレーティング、スパッタリングが代表的な方法になります。層状結晶構造物は、スパッタリングによる薄膜形成、ないしは層状結晶構造物と結合材の混合物を塗布、焼成する方法がとられます。PTFEは、充填(てん)剤とともに混合成形した高分子複合材料として用いる方法や、自己潤滑性保持器としてころがり軸受に適用するのが一般的です。
ころがり軸受のボールのような転動面には二硫化モリブデンのスパッタリング膜、多少すべりが生ずるころがり面には軟質金属のイオンプレーティング膜、歯車の歯面のようなころがりすべり面には二硫化モリブデン焼成膜を用いるのが一般的です。ただし、機器の使用環境・寿命などを十分検討したうえで、最適な潤滑方法を選択しなくてはなりません。