子どもの時、水彩画を描いてそのままにしておくと、乾いていくにしたがって、絵の面を内側にして画用紙が丸まってしまったという経験があると思います。画用紙にある力が働かなければ、このように変形してしまうことはあり得ません。
すなわち、この力は絵の具から水分が蒸発していくときに収縮力が発生しているのです。我々が日常アルミニウムホイルや紙などの比較的薄い被塗面に塗料液を塗ったとき、乾燥するにつれて塗膜側に湾曲した塗板となります。例え収縮力が発生しても被塗物がそれにより変形してしまえば、その収縮力は塗膜に残留することはありません。しかし、被塗物が変形せずに、なおかつ塗膜の付着力が十分であれば、その塗膜の応力分布も均一ではなく、膜厚方向で見ると付着界面に、また付着界面では切断端部(自由端)に応力が集中します。
溶剤蒸発のみで塗膜となるニトロセルロースラッカーの内部応力を例にすると、初期における溶剤の蒸発量(塗膜の体積減少)は大きく、経時に伴い一定値へと収束していきます。その乾燥過程において塗膜のガラス転移点とその弾性率も溶剤の蒸発量と同様に上昇します。同様に無溶剤のアミン硬化エポキシ樹脂も橋かけ反応が進むにつれて、数パーセントの体積収縮を生じます。
塗膜が被塗面に付着していない場合には自由に収縮して内部応力を生じることはありませんが、よく付着している場合、膜厚方向以外には自由に収縮できず、常に2軸延伸状態となっています。塗膜のガラス転移点が室温に達すると、乾燥していると見なせるという前提の下、乾燥前ガラス転移点が室温よりも低い状態の塗膜中は、自由体積が大きく、ポリマーの熱運動も行えますので、体積が収縮しても応力は発生しません。乾燥後、ガラス転移点が室温を超えたときにポリマー鎖の熱運動は凍結され、「ガラス状態」となります。そして(収縮ひずみ)✕(ヤング率)で表される応力が塗膜中に残留します。同様に、無溶剤の塗膜形成でも内部応力は生じます。
塗膜の内部応力は常に付着力に逆らって作用し、これが付着力を超えれば、塗膜は剥離してしまいます。また、付着力>内部応力>塗膜の凝集力の場合は塗膜が割れてしまいます。